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女の勲章モデル上田安子と近藤年子,小説原因で山崎豊子と不仲に? [ドラマ]

山崎豊子原作小説「女の勲章」がスペシャルドラマとして放送されます。

主人公・大庭式子を演じるのは松嶋菜々子さん。

フジテレビが今年最も力を入れているスペシャルドラマとだけあって、豪華キャスト陣が勢ぞろいしています。

戦後、競争が激しいファッション業界を生き抜き、有名デザイナーにのし上がりつつも、一人の男によって運命を翻弄されていくというストーリー。

山崎豊子さんは小説を書く前には、入念な取材を行い実在モデルがいることも多いです。

今回の「女の勲章」には、実在するモデルがおり、それが上田安子さん、そして近藤弘子さんの名前があげられています。

しかし、小説発表後、元々仲が良かった上田安子さんとは、不仲になってしまい、近藤弘子さんも小説発表により、世間から好奇な目で見られた部分があったと言われています。

気になったので調べてみました!


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女の勲章のあらすじを簡単に!(ネタバレ含む)


まずは、「女の勲章」のあらすじについて簡単に紹介します。
(若干ネタバレを含みますのでご注意ください)

大阪・船場の羅紗問屋で生まれた主人公・大庭式子は、戦後自宅の一室を開放し小さな洋裁教室を始めます。

洋裁教室は瞬く間に人気となり、本格的な洋裁学校「聖和服飾学院」を建設し開校。

デザイナーとして無名だった式子は、学校建設の際に出会った、八代銀四郎という男の手腕により、有名デザイナーへとのし上がっていきます。

デザイナーとして、映画の衣装を担当したり、フランスの有名デザイナーの型紙購入の権利を得て、ファッションショーを成功へ導き、次々と新たな学校を開校し、日本のファッション業界を変えていく先駆者としてのし上がっていきます。

と、一見すると一人のデザイナーの成功ストーリーのように思えます。

しかし、この小説はただ単に主人公・式子が有名デザイナーへとのし上っていくものではなく、彼女の側近にいる、八代銀四郎の野望や欲望に知らず知らずのうちにあやつられ、元教え子であり学校の講師を務める女性3人も女の欲望をむき出しに、式子の座を狙うという思惑が隠されています。

デザイナーとして富や名声を得て、頂点にまで上り詰めた式子は、男に操られ利用されてきた事実を知り、それが原因で全てを投げ打ってでも一緒になろうとした恋人とも破局。

生きることに絶望し、ラストは衝撃の悲劇が式子を襲うというストーリー展開になっています。

山崎豊子先生の作品はどれも小説をあまり読んだことのない方には少しハードルが高いように思われるかもしれません。

しかし、「女の勲章」は山崎豊子先生の作品の中でも上下巻までとなっていますし、比較的読みやすいのではないかと思います。

筆者も実は初めて読んだのですが、後半は続きが気になってハラハラドキドキ!一気に読んでしまいました。

まだ読んだことない方にはおすすめの作品です。

女の勲章モデル上田安子,原作小説原因で山崎豊子と不仲に?


さて、ここから本題ですが、女の勲章のモデルは確かに上田安子さんだと言われています。

上田安子さんは1960年に大阪堺市で生まれ、服飾を学び、その後大阪で「上田安子服飾研究所」を開き、関西を代表する服飾学校にまで成功させます。

「上田安子服飾専門学校」
http://www.ucf.jp/index.php

また、パリのクリスチャンディオール社の技術指導を受け、日本にその技術をコレクションを紹介するなど、日本のファッション業界に旋風を巻き起こします。

こういった部分は、式子とリンクする部分であり、山崎豊子さんがモデルにした部分です。

しかし、原作「女の勲章」では、その成功の影には影の立役者・銀四郎との情事や彼に翻弄されて全てを失っていく式子、学内内紛、生々しい女の人間模様という部分はフィクションです。

ところが、実在モデルの上田安子さんの部分とフィクションの部分が混ざり合い、「女の勲章」自体が上田安子さんの人生そのものだと、読者から思われてしまい、後に物語を読んだ上田安子さんも衝撃を受けたと言われています。

これを機に、元々仲が良かった山崎豊子さんと、上田安子さんは疎遠になり、不仲になったと言われています。

当時、小説は新聞に掲載されており、センセーショナルな内容でもあったので、上田安子さん自身にも何かしら影響があったようです。

しかし、上田安子さんは多くは語らず山崎豊子さんを大きく批判することなく、時と共に関係は次第に修復されていきました。

女の勲章近藤年子もモデルの一人!小説原因で世間から好奇な目にさらされる?


また、実は上田安子さん以外にもう一人実在モデルとなった方がいます。

それは、デザイナーの近藤年子さん(96)

近藤年子さんは、大阪・船場生まれ。

戦後、近所の若い子達を集めて洋裁塾・学校を開きのちにデザイナーとして独立します。

ブランド「TOSSY(トッシー)」を立ち上げ、大阪、東京へと店舗を次々とオープンさせていきます(現在は全て閉鎖)

まさに戦後ファッション業界を大きく牽引したデザイナーの一人でした。

山崎豊子さんは、近藤年子さんの元にも通い小説のための取材を重ねていたそうです。

お互いを「おとよちゃん」「こんちゃん」と呼び合う仲でした。

しかし、小説が発表され、近藤年子さんがモデルになったと知られると、小説のイメージそのものが近藤年子さんの人生と思われ、家族も複雑な思いをしたそうです。

また近藤年子さんは現在もお元気で現在でも創作活動は続けています。

女の勲章モデルは上田安子と近藤年子!小説原因で山崎豊子と不仲に?-おわりに


今回はドラマ化される「女の勲章」の実在するモデルの方について紹介しました。

確かに、そのまま何も知らずに読むと、上田安子さん、近藤年子さんそのものの人生だと勘違いしてしまいますね。

一時は不仲になったものの最後には関係を修復し、お二人とも小説のモデルとなったことは、誇りに思っているのではないでしょうか。

小説も山崎豊子さんらしい、緻密で濃厚なストーリーとなっていますので興味がある方はぜひ読んでみることをおすすめします。

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